25章

がん分子細胞生物学25章 分子生物学
  1. 良性と悪性の腫瘍を区別する性質は何か。遺伝子変異の観点から、良性の大腸ポリープと悪性の大腸がんを区別するものは何か。
      1. adenoma–carcinoma sequence
  2. 良性と悪性を分ける性質
  3. 大腸ポリープと大腸がん(遺伝子)
  4. 「何が区別するのか」の言い方
  5. まとめ
  6. がんによる死亡の90%が、原発腫瘍によるものではなく、転移が原因である。転移を定義せよ。次の新しいがん治療を理論的に説明せよ。(a)マトリックスメタロプロテアーゼとプラスミノーゲンアクチベーター受容体の阻害剤であるバティマスタット(batimastat)(b) 細胞をいろいろな組織の基底膜や細胞外マトリックスに接着させる膜貫通タンパク質であるインテグリンの作用を阻害する抗体(c)破骨細胞の機能を阻害するビスホスホネート この破骨細胞とは、たとえば成長や治癒の過程で骨を溶かす。破骨細胞は他の細胞からシグナルによって集まり、骨を溶かす。
  7. 転移(metastasis)の定義
  8. (a)バティマスタット(batimastat):MMP阻害+uPAR系の抑制という発想
  9. (b)インテグリン阻害抗体:接着・血管外遊走(extravasation)を止める
  10. (c)ビスホスホネート:破骨細胞阻害による骨転移の抑制
  11. まとめ
  12. 組織の細胞は、酸素と栄養が必要なため、血管から100μm以内に存在しなければならない。この情報から、なぜ多くの悪性腫瘍が次の遺伝子のうちどれかの機能獲得型変異をもつのか、説明せよ。(bFGF、TGFα、 VEGF)
  13. 100 μm制約が意味すること
  14. 機能獲得型変異が有利な理由(腫瘍血管新生のドライバーになる)
  15. VEGF(VEGFA):血管新生を直接駆動
  16. bFGF(FGF2):VEGFと並ぶ血管新生因子
  17. TGFα:EGFR経由で腫瘍増殖+VEGF誘導に接続
  18. がん遺伝子rasは、3T3細胞とよばれるマウスの培養繊維芽細胞株での悪性転換の実験から、ヒトの腫瘍組織に存在することが同定された。この 3T3細胞の悪性転換の実験はどのように行われたか。なぜ ras 遺伝子の導入は3T3細胞を悪性転換するー方、正常な初代培養繊維芽細胞を悪性転換しないのか。
  19. 3T3細胞の悪性転換実験はどう行うか(NIH/3T3フォーカス形成アッセイ)
  20. なぜras導入で3T3は転換するのか(3T3側がすでに一段進んでいる)
  21. なぜ初代培養繊維芽細胞はrasだけでは転換しないのか(オンコジーン誘導性老化などの防御)
  22. ヒトのがんの発生数が年齢とともに指数関数的に上昇する現象を説明する仮説を説明せよ。この仮説を確認するデータの例を示せ。
  23. 仮説:多段階発がん
  24. なぜ「指数関数的」に見えるか
  25. 仮説を支持するデータ例
  26. がん原遺伝子とがん抑制遺伝子の違いは何か。がん原遺伝子とがん抑制遺伝子は、それぞれがんを促進するとき機能得型変異と機能喪失型変異のいずれを起こすか。次の遺伝子をがん原遺伝子とがん抑制遺伝子に分類せよ。p53・ras・ Bcl-2・ jun・p16
  27. 違い(定義)
  28. 変異型(GOFかLOFか)
  29. 指定遺伝子の分類
  30. DNAマイクロアレイ解析を用いたとき、どのように表現型が類似したリンパ腫を区別できるか説明せよ。
  31. 基本原理
  32. 解析の流れ
  33. 区別できる具体例(DLBCL)
  34. 仮説を裏づけるデータ例
  35. 家族性網膜芽細胞腫は、一般的に子供の両限に起こるが、散発性網膜芽細胞腫は通常は大人になってから片眼だけに起こる。これら二つの型の網膜芽細胞腫が疫学的に区別される遺伝子レベルの基盤を説明せよ。また、がん抑制遺伝子の機能喪失型変異は劣性に作用するにもかかわらず、家族性網膜細胞腫が常染色体優性に遺伝するという一見矛盾するように思われる現象を説明せよ。
  36. 遺伝子レベルの基盤
  37. 疫学的に区別される理由(二打撃)
  38. 「劣性なのに優性遺伝」の見かけの矛盾
  39. ヘテロ接合性の喪失(LOH)という概念を説明せよ。なぜほとんどのがん細胞で、一つ以上の遺伝子にLOHがみられるのか、説明せよ。どのように紡錘体形成チェックポイントの失敗がヘテロ接合性の喪失を導くのか。
  40. LOHとは何か(定義と型)
  41. なぜ多くのがんでLOHが見られるか
  42. 紡錘体形成チェックポイント破綻→LOH
  43. Ras やNF-1をコードする遺伝子のがん化を促進する変異で変化する共通のシグナル伝達の現象を述べよ。なぜ、Rasの変異がNF-1の変異よりも、がんで頻度が高いのか。
  44. 共通のシグナル現象
  45. Ras変異が多い理由
  46. 補足(同じ経路の別ルート)
  47. c-src とv-srcにコードされるタンパク質間の構造的な違いは何か。どのようにこの違いがv-srcをがん遺伝子にしているのか。
    1. c-srcとv-srcについて
  48. c-srcとv-srcの構造差
  49. この違いがv-srcをがん遺伝子にする理由
  50. バーキットリンパ腫で、mycがん遺伝子がつくられる突然変異について述べよ。発がん性のmycができる特別の機構によって、他のがんではなくリンパ腫をひき起こす理由を述べよ。発がん性のmycを生じる別の機構を説明せよ。
  51. バーキットリンパ腫でのmyc活性化変異
  52. この機構がリンパ腫を起こしやすい理由
  53. 発がん性mycを生む別機構
  54. 膵臓がんには、SMAD4タンパク質をコードする遺伝子に機能喪失型変異があることが多い。どうしてこの変異が、膵臓がんの増殖阻害の消失や高転移性を促進するのか。
  55. 増殖阻害の消失(TGF-βの腫瘍抑制が効かなくなる)
  56. 高転移性の促進(TGF-βの腫瘍促進側だけが残りやすい)
  57. もう一段深い見方(腫瘍微小環境)
  58. ヒトパピローマウイルス(HPV)のいくつかの系統は子宮頸がんをひき起こす。これらの病原性の株は、宿主細胞の悪性転換に寄与する三つのタンパク質を産生する。三つのウイルスタンパク質とは何か。また、それぞれが宿主タンパク質を標的としてどのように相互作用するか述べよ。
  59. E6:p53の無力化
  60. E7:Rb(pRb)を外してS期へ押し込む
  61. E5:増殖シグナルを増幅する(EGFRなど)
  62. p53機能の喪失が、ヒト腫瘍の大半でみられる。p53機能の喪失が悪性形質の発現に寄与する2つの方法は何とよばれているか。ベンゾ[a]ピレンがp53機能を失わせる機構を説明せよ。
  63. 悪性形質に寄与する2つの機構
  64. ベンゾ[a]ピレンでp53が失活する機構
  65. どのような種類のヒト細胞がテロメラーゼ活性をもつか。テロメラーゼの発現によって、がんのどのような性質が促進されるか。これが幹細胞などの医学治療にどのように関係するか。
  66. テロメラーゼ活性をもつヒト細胞
  67. テロメラーゼ発現が促進するがんの性質
  68. 幹細胞治療との関係

良性と悪性の腫瘍を区別する性質は何か。遺伝子変異の観点から、良性の大腸ポリープと悪性の大腸がんを区別するものは何か。

悪性腫瘍を良性腫瘍から区別する最重要点は、周囲組織へ浸潤し、さらに遠隔臓器へ転移できることです。
大腸では、良性ポリープ(腺腫)から悪性大腸がんへの進展は、APC変異などの初期変化に加えてKRAS、SMAD4、TP53などの追加変異が段階的に蓄積すること(adenoma–carcinoma sequence)で説明されます。

adenoma–carcinoma sequence

​大腸がんの発生経路の一つで、良性の「腺腫(アデノーマ)」というポリープが時間をかけて徐々に大きくなり、遺伝子変異が蓄積することで「がん(カルチノーマ)」へと進行する多段階的なプロセス

良性と悪性を分ける性質

悪性腫瘍は周囲組織へ浸潤し、血行性・リンパ行性などで転移し得るのに対し、良性腫瘍は一般に浸潤・転移を起こしません。
悪性腫瘍は局所での再発や、臓器機能障害を起こして生命予後に影響し得る点も重要な違いとして扱われます。
(形態学的には)悪性では境界不明瞭・未分化(anaplasia)などが問題になりますが、設問での「区別する性質」として最も本質的なのは浸潤・転移能です。

大腸ポリープと大腸がん(遺伝子)

大腸の腺腫(良性ポリープ)は、典型的にはAPCなどの変化が関与して「腺腫形成」へ進む初期段階として位置づけられます。
その後、KRAS変異が加わることで腺腫から癌への移行(進行)に関与しうる、というモデルが広く用いられています。
さらに進行した悪性大腸がんでは、SMAD4やTP53などのドライバー変異が蓄積することが、adenoma–carcinoma sequenceの代表的枠組みとしてまとめられています。

「何が区別するのか」の言い方

遺伝子変異の観点での区別は、「APC変異だけが良性、TP53変異があれば悪性」のような単発の目印ではなく、複数のドライバー変異が段階的に蓄積して悪性形質(浸潤・転移など)を獲得する点です。
したがって、良性の大腸ポリープと悪性大腸がんを区別するものは、特定の1遺伝子というより「変異の蓄積によって悪性形質を獲得したかどうか」と表現するのが最もズレが少ないです。

まとめ

悪性腫瘍の本質は浸潤・転移能で、遺伝子変異の観点では大腸腺腫から大腸がんへの進展に伴うAPC→KRAS→SMAD4/TP53などの変異蓄積(adenoma–carcinoma sequence)が区別点になります。

がんによる死亡の90%が、原発腫瘍によるものではなく、転移が原因である。転移を定義せよ。次の新しいがん治療を理論的に説明せよ。(a)マトリックスメタロプロテアーゼとプラスミノーゲンアクチベーター受容体の阻害剤であるバティマスタット(batimastat)(b) 細胞をいろいろな組織の基底膜や細胞外マトリックスに接着させる膜貫通タンパク質であるインテグリンの作用を阻害する抗体(c)破骨細胞の機能を阻害するビスホスホネート この破骨細胞とは、たとえば成長や治癒の過程で骨を溶かす。破骨細胞は他の細胞からシグナルによって集まり、骨を溶かす。

転移(metastasis)の定義

がん細胞が原発巣から離れて体内を移動し、別の臓器・組織に到達してそこで増殖し、新しい腫瘍(転移巣)を形成する現象​​

(a)バティマスタット(batimastat):MMP阻害+uPAR系の抑制という発想

MMP(マトリックスメタロプロテアーゼ)は細胞外マトリックス(ECM)成分を分解し、がんの浸潤・転移に関与するため、MMP活性を阻害することは「基底膜・ECMの分解=浸潤のボトルネック」を止める治療戦略になります。
バティマスタット(BB-94)はMMP活性阻害薬として設計され、実験モデルでは腫瘍の局所再増殖や肺転移の低下が示された報告があります。
また、uPA/uPAR(ウロキナーゼ型プラスミノーゲンアクチベーターとその受容体)系は細胞表面にプロテアーゼ活性を局在化させ、浸潤・転移に有利に働くことが報告されているため、uPAR系を阻害するという考え方も「局所プロテオリシス(蛋白分解)を弱めて浸潤を抑える」方向の理屈になります。

(b)インテグリン阻害抗体:接着・血管外遊走(extravasation)を止める

インテグリンは細胞−細胞外マトリックス接着とシグナル伝達を担い、転移過程の血管内皮への接着→血管外遊走(extravasation)→組織内移動に関与します。
実際にβ1インテグリンを機能阻害抗体でブロックすると、腫瘍細胞の内皮細胞への接着や経内皮移行(transmigration)が低下することが示されています。
したがって、インテグリン阻害抗体は「転移カスケードの物理ステップ(接着・移動)」を阻害して、転移巣形成の確率を下げることを狙う治療として説明できます。

(c)ビスホスホネート:破骨細胞阻害による骨転移の抑制

ビスホスホネートは骨に集積し、破骨細胞(osteoclast)による骨吸収を強力に阻害する薬で、骨溶解性骨転移の治療に臨床的有用性があると整理されています。
破骨細胞による骨吸収が抑えられると、骨基質から放出される増殖因子などの供給が減り、結果として骨髄内の腫瘍増殖・骨破壊の悪循環が弱まる、という機序が提案されています。
前臨床研究でも、ビスホスホネートの抗腫瘍効果は主に「破骨細胞依存性の骨吸収の阻害」を介して説明できる、という結論が示されています。

まとめ

(a)は主にプロテアーゼ(MMPやuPAR系)によるECM分解を阻害して浸潤を抑える戦略、(b)はインテグリン依存的な接着・血管外遊走を阻害して転移カスケードを断つ戦略、(c)は破骨細胞阻害で骨転移の“骨破壊—腫瘍増殖”ループを弱める戦略として説明できます。

組織の細胞は、酸素と栄養が必要なため、血管から100μm以内に存在しなければならない。この情報から、なぜ多くの悪性腫瘍が次の遺伝子のうちどれかの機能獲得型変異をもつのか、説明せよ。(bFGF、TGFα、 VEGF)

100 μm制約が意味すること

多くの組織では、生きた細胞は灌流している血管から約100–200 μm以内に位置する(酸素拡散の限界)とされます。
固形腫瘍が増大してがん細胞と血管の距離が広がると、酸素拡散が追いつかず、腫瘍内部に低酸素(hypoxia)が生じやすくなります。
したがって固形腫瘍がある大きさを超えて増殖し続けるには、新しい血管を作らせて酸素・栄養供給を増やす(腫瘍血管新生)がほぼ必須になります。

機能獲得型変異が有利な理由(腫瘍血管新生のドライバーになる)

bFGF(FGF2)、TGFα、VEGFのような増殖因子のシグナルが上がる(機能獲得型変異、過剰発現、シグナル経路の恒常活性化など)と、腫瘍が血管新生を誘導しやすくなり、100–200 μmの酸素拡散限界という“物理的制約”を突破しやすくなります。
特にVEGFAは腫瘍血管新生に強く依存する主要因子として位置づけられ、VEGF/VEGFR軸の活性化は内皮細胞の増殖・遊走・生存を促して血管新生を進めます。
そのため悪性腫瘍では、血管新生を強める方向の遺伝子変化(=結果的にVEGFなどのシグナルが上がる変化)が選択されやすい、という理屈になります。

VEGF(VEGFA):血管新生を直接駆動

VEGFは血管内皮細胞に作用して新生血管形成を促す中心的な因子で、腫瘍増殖や転移と結びついた腫瘍血管新生において重要とまとめられています。
腫瘍でVEGFの発現・分泌が増えると、腫瘍内部へ血管が呼び込まれ、酸素・栄養供給が増えて腫瘍がより大きくなれる(=拡散限界の制約を受けにくくなる)方向に働きます。

bFGF(FGF2):VEGFと並ぶ血管新生因子

bFGFとVEGFは、腫瘍血管新生を駆動する強力な因子として複数のモデルで重要性が示されてきた、という整理があります。
したがってbFGFシグナルが上がる変異・過剰発現は、腫瘍が血管新生能を獲得し、増殖の上限(酸素供給の制約)を押し上げる点で有利になります。

TGFα:EGFR経由で腫瘍増殖+VEGF誘導に接続

TGFαはEGFRのリガンドで、EGFR経路が活性化されるとがん細胞の増殖シグナルが高まるだけでなく、VEGF発現が上がることが報告されています。
つまりTGFαの機能獲得型変異(あるいはTGFα–EGFR経路の恒常活性化)は、「がん細胞を増やす圧力」と「VEGFを介した血管新生」を同時に強め、固形腫瘍が拡散限界を超えて成長するのに有利になります。

がん遺伝子rasは、3T3細胞とよばれるマウスの培養繊維芽細胞株での悪性転換の実験から、ヒトの腫瘍組織に存在することが同定された。この 3T3細胞の悪性転換の実験はどのように行われたか。なぜ ras 遺伝子の導入は3T3細胞を悪性転換するー方、正常な初代培養繊維芽細胞を悪性転換しないのか。

3T3細胞の悪性転換実験はどう行うか(NIH/3T3フォーカス形成アッセイ)

NIH/3T3細胞は、正常時はコンタクトインヒビションが強く、単層で増殖が止まりやすい性質を持つため、がん遺伝子導入による形質転換が「フォーカス(foci)」として目で見える形で検出できます。
この系では、候補遺伝子(あるいは腫瘍由来DNA)をNIH/3T3に導入すると、コンタクトインヒビションが失われた細胞が重なって増殖し、周囲の単層細胞の上に盛り上がったフォーカスを形成します。
実際にヒト腫瘍組織(または腫瘍細胞株)由来の高分子DNAをNIH/3T3に導入し、フォーカスを作るDNA断片を“生物活性(形質転換能)”で追跡して、活性化されたRAS遺伝子の同定につなげた、という流れが歴史的に整理されています。
このように、形質転換(悪性転換の一部の性質)を「フォーカス形成」という表現型で拾い上げるのが、3T3を使った実験の核心です。

なぜras導入で3T3は転換するのか(3T3側がすでに一段進んでいる)

NIH/3T3のような株化細胞は、すでに不死化(immortalization)に相当する性質を獲得しているため、単一の強いがん遺伝子(活性化RASなど)でも形質転換が起きやすい、という位置づけで使われます。
実際、RAS変異はNIH/3T3で形態変化・コンタクトインヒビション喪失など複数の転換形質を誘導できることが、フォーカス形成アッセイの説明としてまとめられています。

なぜ初代培養繊維芽細胞はrasだけでは転換しないのか(オンコジーン誘導性老化などの防御)

一方、初代培養の正常繊維芽細胞は、RASのような強い増殖シグナルが入ると、がん化へ一直線に進むのではなく、オンコジーン誘導性老化(oncogene-induced senescence)などの腫瘍抑制プログラムが作動して増殖が止まることがあります。
そのため、活性化H-Ras単独では初代細胞を転換できず、Mycなどの協調するがん遺伝子の活性化や、p53など腫瘍抑制遺伝子の不活化が必要になる、という整理が歴史的経緯として解説されています。
つまり「3T3はすでに不死化段階を通過しており、RASの1ヒットで“転換形質”が表に出やすいが、初代細胞はチェックポイントが強く、RAS単独だと老化・増殖停止へ流れやすい」という違いが、両者の差を説明します。

ヒトのがんの発生数が年齢とともに指数関数的に上昇する現象を説明する仮説を説明せよ。この仮説を確認するデータの例を示せ。

仮説:多段階発がん

Armitage–Dollの多段階モデルでは、正常細胞ががん細胞になるには、順番に起こる複数回のまれな事象(典型的には遺伝子変異・エピジェネティック変化・微小環境変化など)を通過する必要がある、と考えます。
その結果、がんの年齢別発生率は「年齢のべき乗(power law)」に近い形(例:発生率 ∝ 年齢k1k−1)になり、観察上「年齢が上がるほど急増する」曲線が生じます。

なぜ「指数関数的」に見えるか

年齢に対して発生率がべき乗で増えると、一定の年齢範囲ではグラフ上で急峻に立ち上がり、実務的には指数関数的に増えるように見えます。
ArmitageとDollは、25〜74歳の範囲で「死亡率の対数が年齢の対数に比例する(log–logで直線)」という観察から多段階モデルを提示しています。

仮説を支持するデータ例

多段階モデルの代表的な支持データは、複数のがん種で「log(発生率)とlog(年齢)が近似的に直線関係になる」という疫学的パターン(=年齢依存がべき乗則に近い)です。
より具体例として、大腸がんについては米国SEER(人口の約10%をカバーするレジストリ)の年齢別罹患率を、多段階モデルでフィットして「複数段階の事象を仮定すると年齢別罹患率の形状を説明できる」ことが報告されています。

がん原遺伝子とがん抑制遺伝子の違いは何か。がん原遺伝子とがん抑制遺伝子は、それぞれがんを促進するとき機能得型変異と機能喪失型変異のいずれを起こすか。次の遺伝子をがん原遺伝子とがん抑制遺伝子に分類せよ。p53・ras・ Bcl-2・ jun・p16

がん原遺伝子(oncogene)(正常遺伝子=プロトがん遺伝子が)機能獲得型の変化で活性化してがん化を促進するのに対し、がん抑制遺伝子(tumor suppressor gene)は機能喪失型の変化(しばしば両アレルの不活化)でブレーキが外れてがん化を促進します
この基本図式は、腫瘍抑制遺伝子が「二打撃仮説(two-hit hypothesis)」に従いやすい(両アレルの不活化が必要になりやすい)という整理とも整合します。

​アレル:対立遺伝子

違い(定義)

  • がん原遺伝子:細胞増殖・生存シグナルなどを過剰にONにして腫瘍の適応度を上げる遺伝子変化として扱われます。
  • がん抑制遺伝子:細胞周期停止・DNA損傷応答・アポトーシスなどの抑制(ブレーキ)を担い、失われると腫瘍化が進む遺伝子として扱われます。

変異型(GOFかLOFか)

  • がん原遺伝子:がん促進に必要なのは典型的に機能獲得型変異(Gain of Function)(点変異による恒常活性化、増幅、転座による過剰発現など)です。
  • がん抑制遺伝子:がん促進に必要なのは典型的に機能喪失型変異(Lose of Function)(不活化変異、欠失、LOH、エピジェネティックなサイレンシングなど)です。

指定遺伝子の分類

遺伝子分類根拠(要点)
p53(TP53)がん抑制遺伝子p53は腫瘍抑制因子で、多くのがんで不活化(変異・欠失など)されることが強調されます。
ras(RAS)がん原遺伝子RASは点変異などで活性化してシグナルを恒常的に伝えるがん遺伝子として整理されます。
Bcl-2(BCL2)がん原遺伝子(抗アポトーシス型)BCL2はアポトーシス抑制に働き、転座などによる過剰発現で腫瘍化に寄与しうるプロトがん遺伝子として説明されます。
jun(JUN)がん原遺伝子(転写因子型)JUNは転写因子(AP-1構成因子)として増殖・分化プログラムを駆動しうるプロトがん遺伝子群に含めて扱われます。
p16(CDKN2Aのp16INK4a)がん抑制遺伝子CDKN2A(p16)は多くの腫瘍で欠失・変異が見られる腫瘍抑制遺伝子として注記されています。

DNAマイクロアレイ解析を用いたとき、どのように表現型が類似したリンパ腫を区別できるか説明せよ。

DNAマイクロアレイ解析では、形態や免疫染色では同じ「リンパ腫」に見える症例でも、mRNA発現パターン(遺伝子発現プロファイル)の違いにもとづいて分子サブタイプに分類できるため、表現型が類似したリンパ腫を区別できます。

基本原理

DNAマイクロアレイは、多数遺伝子の発現量(mRNA量)を同時に測定し、腫瘍がどの分化段階の細胞プログラム(例:胚中心B細胞様、活性化B細胞様)を保持しているかを発現シグネチャとして読み取ります。
この「細胞由来(cell-of-origin)や活性化状態の違い」が、顕微鏡で似て見えるリンパ腫の本質的差(病態・予後・治療反応性の差)を反映します。

解析の流れ

  • 腫瘍検体からRNAを抽出し、マイクロアレイで遺伝子発現プロファイルを得ます。
  • 得られた発現データに対して、階層的クラスタリングなどの教師なし学習で自然な群(サブタイプ)を抽出する、または既知の判別遺伝子セットを用いた教師あり分類器でサブタイプ判定します。
  • その結果を、臨床情報(予後、治療反応)や他の分子異常と突き合わせて、分類の妥当性を確認します。

区別できる具体例(DLBCL)

びまん性大細胞型B細胞リンパ腫(DLBCL)は、遺伝子発現プロファイリングにより少なくともGCB型(germinal center B-cell–like)とABC型(activated B-cell–like)などの分子サブタイプに区別でき、これらは生物学的に異なる実体として扱われます。
実際、マイクロアレイ(Affymetrix GeneChip等)の発現プロファイルからGCB型とABC型を識別できることが示されています。
また、GCBとABCの判別に有効な遺伝子群を抽出して、プラットフォームが異なるマイクロアレイでも分類可能な予測法が提案されています。

仮説を裏づけるデータ例

DLBCLでは、遺伝子発現に基づくGCB/ABC分類が生存率(予後)の差と関連することが報告されており、「見た目が似たリンパ腫でも発現プロファイルで分けると臨床的に意味のある群になる」ことの例になります。
さらに、遺伝子発現プロファイリングで定義したDLBCLサブタイプが、コピー数異常など別の分子層(ゲノム異常)とも対応し、病態機構が異なることを補強する解析も行われています。

家族性網膜芽細胞腫は、一般的に子供の両限に起こるが、散発性網膜芽細胞腫は通常は大人になってから片眼だけに起こる。これら二つの型の網膜芽細胞腫が疫学的に区別される遺伝子レベルの基盤を説明せよ。また、がん抑制遺伝子の機能喪失型変異は劣性に作用するにもかかわらず、家族性網膜細胞腫が常染色体優性に遺伝するという一見矛盾するように思われる現象を説明せよ。

家族性(遺伝性)と散発性の網膜芽細胞腫は、いずれも基本的には小児期に発症し、両者の違いは「RB1の変異が生殖細胞系列(生まれつき)か、網膜で後天的に起きるか」で説明できます。
また、がん抑制遺伝子RB1の機能喪失は細胞レベルでは劣性(両アレル喪失が必要)でも、家族性が常染色体優性に“遺伝するように見える”のは「1アレル変異を受け継ぐだけで発症リスクが大きく上がる(素因が優性)」ためです。

遺伝子レベルの基盤

網膜芽細胞腫の中心的原因は、13q14にあるがん抑制遺伝子 RB1 の不活化(機能喪失)です。
家族性(遺伝性)ではRB1の病的バリアントを生殖細胞系列に1つ持つことが多く、結果として両眼性や多発性になりやすいと説明されます。
散発性(非遺伝性)では、網膜の同一細胞でRB1に後天的変化が2回起こって両アレルが失活することが基本で、片眼・単発になりやすいとされます。

疫学的に区別される理由(二打撃)

Knudsonの「二打撃(two-hit)仮説」では、腫瘍化にはRB1の2回のヒット(両アレルの不活化)が必要だと考えます。
遺伝性では第1ヒットが全身の細胞に既にあるため、網膜の複数細胞で第2ヒットが起きやすく、早期発症・両眼性(多巣性)という疫学像につながります。
非遺伝性では2回とも同じ網膜細胞内で偶然起きる必要があるため、腫瘍化する細胞が限られ、相対的に遅め・片眼性になりやすい、という差が出ます。

「劣性なのに優性遺伝」の見かけの矛盾

RB1の機能喪失は細胞レベルでは劣性(両方のRB1が失活して初めて増殖制御が外れる)ですが、家系内では「RB1の変異アレルを1つ受け継ぐだけで発症素因が成立する」ため、素因の伝わり方は常染色体優性と表現されます。
つまり“優性に遺伝するのは腫瘍そのもの”ではなく、二打撃のうち第1ヒット(発症しやすさ)であり、最終的な腫瘍化には第2ヒット(体細胞変異など)が追加で必要です。

ヘテロ接合性の喪失(LOH)という概念を説明せよ。なぜほとんどのがん細胞で、一つ以上の遺伝子にLOHがみられるのか、説明せよ。どのように紡錘体形成チェックポイントの失敗がヘテロ接合性の喪失を導くのか。

LOH(ヘテロ接合性の喪失)とは、ある染色体領域で「正常アレルと変異アレル」のように2種類あったはずの状態(ヘテロ接合)が、正常アレル側の消失などにより失われ、結果としてその座位が実質的に“片方だけ(しばしば変異アレルだけ)”になる現象です。
がんでLOHが重要なのは、腫瘍抑制遺伝子に関して「残っていた正常アレル」を落としてしまうと、その遺伝子機能が完全に失われうる点です。

LOHとは何か(定義と型)

LOHは通常は両親から異なる(ヘテロ接合の)正常な遺伝子コピーを1つずつ持つ細胞が、何らかの変異(欠失など)でそのうちの1つを失う現象です。
典型的には、ヘテロ接合だった座位が「片方のアレルを失う」ことで起き、腫瘍抑制遺伝子の二打撃(残りの正常アレル喪失)として理解されます。
LOHには、コピー数が減るタイプ(欠失など)と、コピー数は保たれるが同じアレルが2つになるタイプ(コピー数中立LOH:片親性二倍体など)があると整理されます。
実際、がん種によってはゲノムの20%以上にLOHが及ぶことがある、といった広範なLOHも報告されています。

なぜ多くのがんでLOHが見られるか

多くのがん細胞では、増殖上の優位性を得るために腫瘍抑制遺伝子(例:RB1やTP53など)の機能喪失が選択されやすく、その過程でLOH(正常アレルの喪失)が非常に起こりやすい、と整理できます。
さらに、がんでは染色体不安定性(CIN)などにより、染色体の不分離、体細胞組換え、遺伝子変換、間質欠失、二本鎖切断に伴う染色体腕の喪失など、LOHを生む機構自体の発生率が上がるため、結果として「どこかの座位でLOHがある」細胞が増えます。
つまり、LOHは(1)腫瘍抑制遺伝子不活化という選択上の得と、(2)染色体レベルの不安定化という“起こりやすさ”の両方で、がんで頻出になります。

紡錘体形成チェックポイント破綻→LOH

紡錘体形成チェックポイント(SAC)は、全ての染色体が正しく両極の紡錘体に結合するまで、分裂の進行を止めて分配ミスを防ぐ仕組みで、破綻すると染色体誤分配が増えて異数性とCINを引き起こします。
この誤分配(例:不分離)で、ある染色体(または染色体腕)を「正常アレルを持つ方だけ」失うと、その領域のヘテロ接合が消え、LOHになります。
また、誤分配の後に「片方を失ってもう片方を複製する」といった過程が起きると、コピー数は2のままでも同一アレルに置き換わるため、コピー数中立LOHとして観察され得ます。

Ras やNF-1をコードする遺伝子のがん化を促進する変異で変化する共通のシグナル伝達の現象を述べよ。なぜ、Rasの変異がNF-1の変異よりも、がんで頻度が高いのか。

Ras変異もNF1変異も、共通して「細胞内のRasがGTP結合型(活性型)の比率が高い状態になり、下流の増殖・生存シグナルが持続的に強まる」という現象を起こします。
がんでRas変異の方がNF1変異より頻度が高い主因は、Rasは1アレルの点変異で強い活性化(gain-of-function)が成立しやすい一方、NF1は腫瘍抑制遺伝子として「2ヒット(両アレル不活化)」が必要になりやすく、成立確率が低いからです。

共通のシグナル現象

RasはGDP結合型(不活性)とGTP結合型(活性)を行き来するスイッチで、がん化ではこのスイッチが“ONに固定される/ONが切れない”方向にずれます。
Ras自身のがん変異はGAPによるGTP加水分解(OFF化)を妨げ、細胞内にGTP結合型Rasが蓄積してエフェクター経路が過剰に作動すると説明されます。
一方、NF1産物(ニューロフィブロミン)はRas-GAPとしてRasをOFFに戻す負の制御因子なので、NF1の機能喪失はRasの抑制解除=Ras活性上昇につながります。
結果として、Ras→RAF/MEK/ERK(MAPK系)やRas→PI3K/AKT/mTORなどの下流が持続的に活性化し、増殖・生存・代謝などががん細胞に有利な向きへ傾きます。

Ras変異が多い理由

Rasは古典的ながん遺伝子で、特定コドンのミスセンス変異など「小さな変化」で機能獲得型の活性化が起こり得て、片方のアレルだけの変化でも表現型が出やすいです。
対してNF1は腫瘍抑制遺伝子として扱われ、腫瘍化に十分な効果を出すには両アレルの不活化(欠失・ナンセンス・フレームシフト等を組み合わせた2ヒット)が必要になりやすい、というのが基本モデルです。
そのため「1回の変異で済むRas活性化」より「2回の事象が要りやすいNF1不活化」の方が、統計的に成立しにくく、がん全体での頻度差として現れやすいです。

補足(同じ経路の別ルート)

Ras経路の活性化は「Rasの点変異」以外にも「NF1のようなGAPの喪失」など複数ルートで達成できるため、腫瘍によってはNF1異常とRas変異が“代替的(しばしば同時には要らない)”に観察されることがあります。
この点も、「強い経路活性化を最短で達成できる変化(Ras変異など)」が広いがん種で繰り返し選ばれやすい、という頻度差の背景になります

c-src とv-srcにコードされるタンパク質間の構造的な違いは何か。どのようにこの違いがv-srcをがん遺伝子にしているのか。

c-srcとv-srcについて

・c-src(細胞性)
正常な細胞に存在する「細胞性」のSrc遺伝子(がん原遺伝子)で、細胞の増殖や生存に関わるチロシンキナーゼをコードします

・v-src(ウイルス性)
ラウス肉腫ウイルスが持つ、異常に活性化した「がん遺伝子」であり、正常なc-srcがウイルスに取り込まれ変異したものです。
つまり、v-srcc-srcのウイルス版で、制御を失い暴走して細胞をがん化させる強力な遺伝子です。

c-srcとv-srcの構造差

c-srcはSH3・SH2・キナーゼドメインに加えて、C末端の制御テール(抑制性リン酸化部位 Tyr527 を含む)を持ち、ここが自己抑制構造の“鍵”になります。
一方v-srcは、このC末端テール(Tyr527を含む領域)が欠失していることが大きな違いです。
その結果、c-srcで見られる「pTyr527にSH2が結合し、SH3も協調して閉じた不活性型を作る」という抑制配置が取りにくくなります。

この違いがv-srcをがん遺伝子にする理由

c-SrcはC末端Tyr527がCskによってリン酸化されることで活性が抑えられますが、v-SrcはTyr527自体を欠くため、この代表的な負の制御が効かず恒常的に活性化しやすいです。
実際、v-Srcは活性化側のTyr416が高くリン酸化されやすいことが知られており、キナーゼ活性が“入りっぱなし”の方向へ傾きます。
このように調節不能なチロシンキナーゼ活性が下流タンパク質のリン酸化を持続的に引き起こし、細胞増殖・形質転換(トランスフォーメーション)を促進するため、v-srcはがん遺伝子として振る舞います。

バーキットリンパ腫で、mycがん遺伝子がつくられる突然変異について述べよ。発がん性のmycができる特別の機構によって、他のがんではなくリンパ腫をひき起こす理由を述べよ。発がん性のmycを生じる別の機構を説明せよ。

バーキットリンパ腫でのmyc活性化変異

バーキットリンパ腫の代表的な変異は、染色体転座 t(8;14)(q24;q32) により、8番染色体のmycが14番染色体の免疫グロブリン重鎖(IGH)遺伝子座の強力なエンハンサー近傍に移されることです。
この転座の本質は「mycタンパク質が変な配列に変わる」ことではなく、免疫グロブリン遺伝子座の制御配列によりmycが過剰発現(脱制御)することです。
頻度は低いものの、免疫グロブリン軽鎖遺伝子座との転座 t(2;8)(IGK-MYC)や t(8;22)(MYC-IGL)も、同じ理屈(Igエンハンサーでmycが上がる)でmycを活性化します。

この機構がリンパ腫を起こしやすい理由

免疫グロブリン遺伝子座のエンハンサーはB細胞で強く働くため、mycがそこへ転座すると「B細胞系でmycが異常に高い」という状況が生まれ、B細胞腫瘍(リンパ腫)として表に出やすくなります。
加えてB細胞では、V(D)J再構成やクラススイッチ組換え(CSR)、体細胞超変異(SHM)など、DNA切断と修復を伴う免疫グロブリン遺伝子の改変イベントが起こります。
これらの過程ではAID(activation-induced cytidine deaminase)が働き、Ig領域に変異や切断の“きっかけ”を作るため、誤修復が起きるとMYC-IGHのような染色体転座が生じ得る、という分子機構的な説明ができます。

発がん性mycを生む別機構

mycのがん化(機能獲得)は転座だけでなく、遺伝子増幅(コピー数増加)によるmyc過剰発現でも起こり得ます。
また、mycの発現上昇は「転座・増幅・(発現制御に影響する)変異」といった複数のゲノム異常で実現されることが総説レベルで整理されています。

膵臓がんには、SMAD4タンパク質をコードする遺伝子に機能喪失型変異があることが多い。どうしてこの変異が、膵臓がんの増殖阻害の消失や高転移性を促進するのか。

増殖阻害の消失(TGF-βの腫瘍抑制が効かなくなる)

SMAD4(DPC4)はTGF-βシグナルの中心的な転写因子複合体を作る因子で、正常上皮細胞ではTGF-βが細胞周期停止アポトーシスを誘導して増殖を抑える方向に働きます。
ところが、膵管腺癌(PDAC)ではSMAD4が高頻度に不活化され、SMAD4依存性のTGF-β応答(細胞周期停止・アポトーシスなど)が弱まるため、「本来かかるはずの増殖ブレーキ」が外れます。
実際にSmad4欠失はTGF-β誘導性の増殖抑制の喪失と関連し、腫瘍増大に有利に働くことが示されています。

高転移性の促進(TGF-βの腫瘍促進側だけが残りやすい)

TGF-βはがんの進行段階では、細胞運動性・浸潤・EMTなど腫瘍促進的な働きも持つため、「TGF-βパラドックス」が起こり得ます。
SMAD4が失われると、TGF-βの腫瘍抑制(細胞周期停止など)は減る一方で、SMAD非依存(非カノニカル)のTGF-β経路が残って浸潤やEMTを後押しし、結果として転移・進展が促され得る、という説明になります。
臨床的にも、SMAD4欠失はより早い進行や転移、予後不良と関連することが報告されています。

もう一段深い見方(腫瘍微小環境)

SMAD4欠失は腫瘍細胞内の増殖制御だけでなく、腫瘍微小環境(免疫細胞浸潤やサイトカイン環境など)にも影響しうる分子サブタイプとして議論されています。
その結果、同じTGF-β環境でも「抑える方向」ではなく「逃げる・広がる方向」にシステムが傾きやすくなり、転移性の獲得と整合します。

ヒトパピローマウイルス(HPV)のいくつかの系統は子宮頸がんをひき起こす。これらの病原性の株は、宿主細胞の悪性転換に寄与する三つのタンパク質を産生する。三つのウイルスタンパク質とは何か。また、それぞれが宿主タンパク質を標的としてどのように相互作用するか述べよ。

子宮頸がんに関わる高リスクHPVが、宿主細胞の悪性転換に寄与する代表的なタンパク質は E6・E7・E5 です。

E6:p53の無力化

高リスクHPVのE6は、宿主のユビキチンリガーゼE6APをリクルートして複合体を作り、腫瘍抑制因子p53をプロテアソーム分解へ導くことで、p53依存性の増殖停止やアポトーシスを回避させます。
E6はp53以外にも複数の宿主基質を標的にしうることが知られており、悪性化に関わる作用が多面的です。

E7:Rb(pRb)を外してS期へ押し込む

高リスクHPVのE7は宿主のpRb(Rbタンパク質)に結合してその抑制機能を破綻させ、pRbが抑えていたE2F転写因子群を解放してS期遺伝子発現を上げ、細胞周期を強制的に進めます。
この「pRb/E2Fブレーキの解除」により、分化して本来は細胞周期から抜けるはずの細胞でもDNA複製側へ引き戻され、ゲノム不安定性の土台が作られます。

E5:増殖シグナルを増幅する(EGFRなど)

E5はEGFRシグナルを増強して増殖シグナルを押し上げ、E6/E7による不死化・細胞周期促進をさらに後押しする役割があると整理されます。
機構の一例として、E5が細胞内小器官の酸性化や受容体輸送・分解過程に影響し、EGFRの分解が減って細胞表面のEGFRが増えることでシグナルが強まる、という説明がされています。

p53機能の喪失が、ヒト腫瘍の大半でみられる。p53機能の喪失が悪性形質の発現に寄与する2つの方法は何とよばれているか。ベンゾ[a]ピレンがp53機能を失わせる機構を説明せよ。

悪性形質に寄与する2つの機構

p53変異が悪性形質に寄与する2つの代表的な機構
(1) 野生型p53の働きを邪魔して“機能喪失を起こす” ドミナントネガティブ効果(dominant-negative effect; DNE) 
(2) 変異p53自体が新しい腫瘍促進能を獲得する 機能獲得(gain-of-function; GOF) ​

ベンゾ[a]ピレンでp53が失活する機構

ベンゾ[a]ピレン(BaP)は体内で代謝活性化され、反応性の高い代謝物(例:BPDE)となってDNA付加体(アダクト)を作り、これが変異の引き金になります。
喫煙関連の肺がんでは、p53のホットスポットコドン(例:157、248、249、273など)に G:C→T:Aのトランスバージョンが多いことが知られており、BaP(やBPDE)によるDNA損傷とその誤複製がこの変異スペクトルと結び付けられています。
このような点変異(しばしばDNA結合ドメインのミスセンス変異)が入ると、p53の標的遺伝子制御が破綻して腫瘍抑制機能が落ち、結果として「p53機能の喪失」として観察されます。

どのような種類のヒト細胞がテロメラーゼ活性をもつか。テロメラーゼの発現によって、がんのどのような性質が促進されるか。これが幹細胞などの医学治療にどのように関係するか。

テロメラーゼ活性をもつヒト細胞

テロメラーゼ活性は、主に生殖細胞系列(germline)や一部の幹細胞/前駆細胞など「増殖を長く続ける必要がある細胞」で保たれ、ほとんどの体細胞では低い/抑えられています。
また免疫系では、末梢のT細胞などが活性化(増殖刺激)を受けるとテロメラーゼ活性が誘導されることが示されています。

テロメラーゼ発現が促進するがんの性質

がん細胞はテロメア短縮による増殖限界(複製老化・危機)を回避する必要があり、テロメラーゼ再活性化はこの障壁を越えて無制限の分裂能(replicative immortality)を与えるがんの基本性質の1つとして位置づけられます。
実際、多くの腫瘍でhTERT/テロメラーゼ活性が検出され、テロメア維持機構(TMM)の獲得が腫瘍成立に重要だと議論されています。

幹細胞治療との関係

再生医療・細胞治療では、移植用細胞を十分増やす必要がありますが、通常の体細胞は分裂回数に限界があるため、テロメラーゼ(hTERT)導入で増殖寿命を延ばす/不死化させる発想が出てきます。
一方で、テロメラーゼ活性化はがん細胞が獲得する性質と重なるため、hTERT導入やテロメア維持を強める操作は腫瘍化リスク管理(追加変異の有無の確認、分化度の管理、腫瘍形成試験など)とセットで扱う必要があります。

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